始末に困る大量の写真
うちはまあまあ円満な方だと思うが、先日は自分の結婚式にまつわる写真をすべて捨ててしまった。
いろんな方々が撮ってくれた膨大な結婚式の写真。
私は段階的に捨ててきていて、手元には3枚だけ残していたが、この程、それらも捨てた。
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小っ恥ずかしい結婚式
自分の結婚式のことを思い出すと今でもモヤモヤしてしまう。
私はそもそも結婚式なんてする必要なかったのだ。それに尽きる。
親のこと、姻戚のこと、いろいろ思い出してムカムカしてくる。
ひとたび結婚式をすると決まると、慌ただしく大量の決断に次ぐ決断を迫られて、当日レンタルするだけのイミテーションのイヤリングに数万円かけるなど、今思えばものすごい出費をしたこととか。
職場結婚なのに夫の方が職場の人の大半を招待して、私の方は親しい友達もいないのに引っ掻き集めて5〜6人取り繕ったこととか。
招待客については今思えば、親兄弟以外は職場の人だけを招待することにして、両家で招待を分け合えばよかっのだ。
当時はこのアンバランスが変だとも気付かず、また夫となる人と相談すべきだとも思わず、ただ自分に友達が少ないことを恥じていた。
世間とか常識とかを優先してばかりで、自分の気持ちを尊重していなかった。
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1セット4万円の不細工な写真
新郎新婦のドレスアップした写真、和装洋装、台紙付きで1セット4万円もした。
親が大して付き合いのない親戚の分まで、思い出すたびに当たり前のようにねだってくるのを、言われるままに追加で注文してやったことにも腹がたつし、その写真がまたひどいもので嫌になる。
あんなもの、手元にあったものは程なく捨てたが、機会があればこの世に現存する分すべてを回収したいくらいだ。
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最後の3枚
それで先ごろまで残していた写真は、結婚式当日としては仲人さんと4人で、会場の出口でお客さまのお見送りのために並んで立っているスナップ写真一枚だけ。
親よりは信頼できる仲人さん。
あとは事前の衣装合わせの時の。こんなドレスも着たという証拠になるが、それが何のためなのか今となっては意味がない。
写真が無くなれば結婚式のこと自体もだんだん忘れていけるかも。自由で幸せな私の未来を祝おう。