情報をシミ抜きする
思い出のものが捨てられないということはよくあるが、たいした思い出がないと思えるものも、結構、自分の思いが貼り付いているものだと先日の読書以来改めて考えている。
買った時いくらしたとか、どこで買ったかとか、2種類あってどちらにしようか迷ったとか。
細かい、自分にしかわからない情報が、しかも自分でも忘れているような情報が、結構いつまでも残っているものだ。
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逆に一瞬で変えることもできる
しかし考えようによっては、自分の考えを変えれば、ものの重要性は一気に減らすことも可能である。
たとえば私には「このままでは運気が下がる」と言う言葉が効く。
「布製品は邪気を吸いやすい」というのもしかり。
行きつ戻りつしていた気持ちが、「こんなことにいつまでも関わっている場合ではない!」と一気に捨てに傾く。
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「もの」だけではなく「ことがら」にも情報が貼り付いている
形あるものだけではなく、形のない、常識、習慣、思い込み、教え、などにも、本来の内容だけでなく、それに対する自分の思い、考え方という情報がさらに上乗せされている。
だから同じ「常識」であっても人によって解釈が変わり得る。温度差が生じるのだ。
しかしこれも同じように、自分の気の持ちようでガラリと変えることができる。
「そうできれば苦労しないよ」と言いたくなるような気分の時もあるだろうが、実はごく簡単なことだったのではないだろうか。