9ヶ月寝かせた本
昨年秋から手元にあったけれどなんだか読むことができず、ずっと寝かせていた本。
いっそ読まずに綺麗なうちにメルカリで売ろうかなとすら考えました。でも分厚いから送料がかさむんですよね。
ジョー・ディスペンザの本は前に「あなたという習慣を断つ」というのを読んでいて、理屈は分かるような気がしつつも私には小難しく、すべきことが大量にあるように感じられて、またその頃は瞑想とかに取り組むことに少しうんざりしていたせいもあって、ありがたみが感じられなかったのです。
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「超自然になる」を今読み始めて見ると、ミナミAアシュタールの本で言っていたことをジョーは量子場を用いて科学的に説明してゆくので、同じ内容を視点と言葉を変えて示されることとなり、特に積年の疑問だった小さな部分がいろいろ納得できるのです。
また、ジョーはこれまで科学的エビデンスを求めるような人たちにも分かってもらおうとしてきたけれど(実際本の中にはグラフがいっぱい)、分かろうとしない人はいくら言っても分かろうとしないのだから、もう無理をするのはやめて分かる人の方だけを向いていくと宣言していて、これもミナミAアシュタールとか服部みれいとかも言い始めていることで、もちろんその本や文章が書かれた時期はばらばらで、私が目にした時が同時期というだけなのですが、大まかにそういう方向なのだなと思うのです。
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瞑想とは無になること
瞑想についての認識も新たになりました。
ただ目を閉じて腰掛けているだけではなくて、自分を特定するものをすべて脱いでいる状態。
名前とか、どこに住んでいるとか、職業、性別、国籍もなくて、誰の親でも子でもなくて、顔や身体の美醜もない、病気もない、物質的身体も持たない、もちろん家も車もこだわりの家具も時計も宝石も所有していない。
そして時間もない。過去の記憶がない。未来への野望もない。
そうと知ったら、今後の私の瞑想の質は変わることでしょう。