記憶に所有権は無い〜ドロレス・キャノン本を読んで

2026/02/02

読書

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一冊だけで完結するストーリー

最近読んだドロレス・キャノンの本「この星の守り手たち」もまた面白かった。

ドロレス・キャノンには数人の協力者がいて、彼らをチャネラーとして宇宙を探求していくのだが、この本では珍しく、その一人フィル氏の成長物語を見ることができる。

宇宙の仕組みを知ったことで、現実世界がどう変わりうるのか、どのように折り合いがついてゆくのか、読者もヒントを掴むことができる。

各章が時系列になっていて、チャネリングは中断せずに順調に進むし、「それからどうなる?」の答え合わせがこの本の中で完結するのだ。

協力者の中には遠方への転居や心境の変化などでチャネリングが中断せざるを得ない場合もあるので、貴重なケースかもしれない。


誰かの記憶を借りてくる

本には興味を引く話が多数あったが、過去世はすべて自分が体験した過去世、というわけでは
ない、というのは驚きだ。
地球に生まれてくる時にあまりにもまっさらで予備知識がない状態だと本当に生きていけないらしく、この世のしきたり、仕組みを大雑把にでも参照できるように過去世をピックアップしてダウンロードしてから生まれてくるという。
中には本当に自分が生きた時の記憶もあるというのに、区別する目印が無いというのだ。
記憶に所有権のようなものはなく、ほかの誰かの記憶でも自分の記憶と言って良いというのである。
だから世の中にはクレオパトラのような有名人の生まれ変わりが複数いても辻褄が合う。
たとえば大谷翔平はベイブルースの生まれかわりと言っているスピの方がいて、それはありそうにも思えるがそんなにピンポイントに生まれかわりが成り立つのかな〜とも思っていたけど、誰のでも何人でもコピーできるなら、ありかもしれないと思うのです。
しかしその場合、ベーブルースのライフ、才能をコピペしている人がほかにもいるはずで、でも大谷のように突出するにはやはり過去世だけではまだ何か足りないのだろう。

コピペされただけの過去世

過去世はひとつじゃなくて普通の人なら500とか1000とか持ってるものだと聞いて、私はかつてウンザリしたものだった。
人間はカルマに囚われやすいとはいえ、些細な感情のもつれを引きずっただけで500回も1000回も生まれ変わらないと学べない人間ってなんなのだろうと。
でも、誰かの記憶を500コピーしているというのなら納得できる。
過去世の一個一個をまともに癒やそうとしなくて良いのだな。
やっぱり過去世はあんまり気にしなくて良いのだな。
私のライフストーリーも誰かに見られちゃうのか。
今はなんか気持ち悪いなあ。意識が上がればそれが素晴らしいことだと思えるのだろうか。
私も図書館の一冊の本になってしまうんだね。
自我にしがみつかずに、今はここで楽しく生きるに尽きます。

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お部屋せまめで荷物少なめ。 それをピカピカにして暮らす。 小さな気づきを大切に、自分の心が軽くなる方向へ、少しずつ確実に前進しています。

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