藤井聡太の肉声にはなかなか迫れない
私は将棋にはまったく詳しくなくて、ただミーハーで藤井聡太を追っている。
ニュースで藤井聡太が取り上げられるタイミングが私にとって絶妙なのである。
日常の雑事に紛れて生きているなかで、折々に藤井聡太の活躍が報じられると、ああ藤井聡太という高みがあったんだと思う。
野球の大谷翔平の場合はシーズン中、連日のように報道があるので関心が麻痺してしまうが、将棋の藤井聡太は適度な間隔で年間を通して断続的に報じられる点が効く。
それでもっと藤井聡太について知りたいと思って何か本がないかと探すのだが、藤井聡太が何を考えているのかがわかるものはちっともないのである。
「優れた人物」くくりで、異分野の偉人と組まれた対談本も読んだが、内容は、我々がテレビで見ている藤井聡太そのまんまだった。
すなわち、礼儀正しく、質問にははぐらかすようなことがなくちゃんと答えているが、返答は短く、答えにくい時とかそれについてあまり意見がない時は「わかりません」と答えるに留まる。
とにかく、藤井聡太の答えからは話題が何も発展していかないのである。
要らぬサービス精神がない。よく言えば誠実な人物のである。
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中日新聞の藤井聡太びいき
そんな金太郎飴のような本ばかりの中で、ちょっと泥臭い本があった。
中日新聞の記者である著者は将棋に無知なのに将棋担当に配属されて藤井聡太を追うようになった。
この本はなんだか藤井聡太のライフストーリーというよりは記者のそれのようである。
やっぱり藤井聡太に迫るのは難しいというのは変わらない。
しかしこの本の中で、私は藤井聡太の落ち度をひとつ知ることとなった。
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待った問題
それは2018年6月29日の東京・将棋会館での竜王戦決勝トーナメントの二戦目のことである。
増田康宏との対戦での九十四手目で、藤井聡太は駒台の桂馬を8六に打ったが、慌てた手つきでそれを引っ込め、飛車に持ち替えて8九に打ち直したという。
著者によればその後の藤井聡太は落ち着かない態度を見せた。
一度盤に駒を置いた後でやり直すのは反則だという。
もしその時点で対戦相手が指摘すれば、立会人確認の上、藤井聡太は反則負けになったかもしれない。もちろん反則ではないという判断になったかもしれない。
しかし対戦相手の指摘はなく、うやむやのままに勝負は続き、結局藤井は完敗した。
この勝負は中継されていたこともあり、反則疑惑が騒動になったが、日本将棋連盟は「反則ではなくマナーの問題」とコメントして事態の収束を図った。
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反則をしたら負けを認めよういさぎよく
騒動は幕引きを迎えたかに見えたが、ふみもと子供将棋教室の恩師文本は半年経っても怒りと残念さを隠せない。
今からでも待ったを謝罪してタイトルを返上してもう一度やり直すべきだという。
文本は藤井を奨励会へ送り出す際に「名人を超えろ」の言葉を送った人物として有名らしいが、ついに名人戦を控えた2023年5月になっても文本の5年前の落胆は癒えていなかった。
待った問題以来、藤井聡太も彼を祭り上げる将棋連盟も茶番に思えるという。
しかしそのことが記事になることはない。他誌はもちろんのこと、中日新聞誌上でも。
著者岡村の描くふみもと子供将棋教室の雰囲気はとても良さそうだ。通ってくる子どもたちは熱心で礼儀正しく、テキパキしていて、子ども同士で先輩から後輩へ教えるのが普通で、適度な規律がある。
藤井聡太が自分を取材した本を読むようなことはまず無いだろうが、藤井聡太が文本の思いを知る日が来れば良いなあと思った。
また私は今後、藤井聡太本を読む際には、2018年の待った問題がどのように扱われているかをチェックするつもりだ。