「マルセル・デュシャンとチェス」中尾拓哉著を読んだ

2026/08/22

読書

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泉の人

マルセル・デュシャンといえば、便器に「泉」というタイトルを付けてギャラリーで展示したことで有名なアーティストである。

デュシャンが後世に名を残したのは、作品を撮影したフォトグラファーの腕が良かったからだという話もどこかで読んだこともあったし、デュシャンはアーティストとしては単なる思い付きのアイデア勝負、この作品だけで消えた一発屋だと私は思っていた。

しかしデュシャンは思いのほか長い期間に渡って作品を製作していたし、また思いのほか多くの研究者が研究対象としていたことを知った。

この本は博士課程の研究論文として提出されたものを元に書籍として整えて出版されたものであるが、日本の研究者による執筆のせいか、翻訳もののような意味の取りにくい箇所もあまり無い。

美術史やチェスについての基礎知識や、数学的素養も多少要求されるが、その辺は分かったことにして読み進めることもできる。

分厚い本であるが、最後まで面白く楽しめた。

巨匠も初心者も同じメーカーの絵の具を使う

「泉」のように、すでに既製品として存在するものを持ってきて別の意味合いを付けてアートとする手法は、デュシャンは「レディメイド」と名付けてひとつのカテゴリーにしていた。
こうした手法に納得できないアーティスト仲間や批評家たちに対してデュシャンは、
「画家も絵の具は既製品を使うではないか、画家の仕事は何かを作り出しているのではなく、ただどこに何色を置くか選択しているだけではないのか」
というような見解を示す。

3次元から4次元に行く方法を探る

3次元である人間には2次元の影ができる。
そう考えると、4次元の世界も案外簡単に垣間見ることができるのでは?
デュシャンはそんなことを考えていた。

デュシャンはアインシュタインとも同時代で、世界の新しい見方を探ろうとする時代の空気もあったのだ。

チェスをしているとアート作品を作りすぎなくて良い

それなりに注目され、熱烈なコレクターもいたデュシャンであったが、ある時からアートの表舞台から消えて、しかし隠遁するのではなくチェスのプレイヤーとして活動し始めた。
大会に出場してタイトルを取るなど本格的である。
かなり長い間そうしたチェス中心の活動を続けるが、いずれそれからも離脱した。
振り返ってデュシャンは、チェスという逃れがたい趣味に没頭できたことで、アート作品を作りすぎなくて良かったというようなことをいう。
多くの有名アーティストが後年自作のコピーを増産するだけの惰性に陥ることを皮肉るかのようである。

その他、読んでいるといろいろはっとさせられる。
美術館や図録でデュシャンの作品をただ見ても「なんじゃこれは」で終わってなかなかここまでは思い至らない。
美術評論もひとつの作品、ひとつの小説のようなものだなあと私は思った。

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お部屋せまめで荷物少なめ。 それをピカピカにして暮らす。 小さな気づきを大切に、自分の心が軽くなる方向へ、少しずつ確実に前進しています。

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